1−4.集束イオンビーム直接蒸着法
1−4−1.集束イオンビーム直接蒸着法の原理と特長
集束イオンビーム直接蒸着法(Focused Ion Beam
Direct Deposition:FIBDD)の原理を一言で言うなら、イオンビーム蒸着を低エネルギーの集束イオンビームを用いておこなうことである。それにより選択的な成膜、つまり成膜とパターニングを同時におこなうことが可能である。また、選択的な成膜方法に特有な、場所により膜厚を任意に制御できる能力を持つ。選択的な成膜という点においては、集束イオンビームを利用した従来技術としての成膜方法である集束イオンビームアシスト蒸着法も同じである。そこで、集束イオンビームアシスト蒸着法と比較しながら、集束イオンビーム直接蒸着法の特長について議論する。図1−6に両者の比較を模式的に示す。
図1−6.集束イオンビームアシスト蒸着法(FIBID)と集束イオンビーム直接蒸着法(FIBDD)の概念図
まず、成膜した薄膜の純度であるが、アシスト蒸着法(FIBID)は集束イオンビームの節で述べた通り、W(CO)6のような原料ガスを基板上に吸着させ、Ga+等のイオンの衝撃により吸着したガスを分解し、金属成分(W)を堆積させるものである。金属以外の成分(C、O)は基板表面から離脱して真空中に放出されるというのが理想的な条件であるが、通常それらの成分も程度の差はあれ堆積層に取り込まれる。最悪の場合にはほとんどガスの組成に近いものが堆積する。また、ガスを分解するために照射したイオンそのものも堆積層に取り込まれる。その量は、原理的には1イオンあたり分解・堆積される原子数により決定される。このように本来成膜させたい金属成分(W)のほか、原料ガスの構成原子(C、O)、およびイオン原子(Ga)を含む混合物が成膜する。厳密に言えば残留ガス(H2O、CO、N2等)も成膜部位に入射するので、これらの成分の取り込みに関しても考慮する必要がある。しかし通常は残留ガス圧は供給する原料ガス圧と比較して数桁小さいので、無視することができる。これに対して直接蒸着法(FIBDD)では、高真空中で成膜したい原子をイオン化し、質量分離の後堆積させるので、有意な不純物源として考えられるのは残留ガスのみである。残留ガスからの不純物取り込みに関する量的な議論は次項でおこなうが、アシスト蒸着法において無視したもののみが不純物源として考え得ることから明らかなように、成膜した薄膜の純度の点では、直接蒸着法はアシスト蒸着法に対して非常に有利な手法となっている。アシスト蒸着法の応用範囲は、低純度のために非常に限られたものになっていたが、直接蒸着法により高純度成膜が可能であればそのような制限がなくなるので、通常の成膜方法で作製した金属膜と全く同様の応用に用いることができる。
アシスト蒸着法においては、成膜部位のみならず基板上の広い範囲に原料ガスが吸着される。これは基板に対する汚染をもたらすために、汚染が問題となるような対象、たとえばプロセス途中の半導体デバイスに対してアシスト蒸着法を用いることはできない。これに対して直接蒸着法では周辺に対して汚染をもたらすことはないため、使用対象に対する制限が小さい。また、アシスト蒸着法においては、基板に対しガスの分解に用いたイオンが注入され、また損傷を与える。直接蒸着法においては、低エネルギーのイオンビームを用いるために、注入の効果はないし、基板表面に与える影響も1、2原子層に限られるため、一般には損傷に関しても無視することができる。
このように、集束イオンビーム直接蒸着法は、アシスト蒸着法においてその応用を制限するいくつかの欠点を解決し、広範囲の応用を可能とする手法である。
1−4−2.集束イオンビーム直接蒸着法への期待
前項において、集束イオンビームアシスト蒸着法との比較により、直接蒸着法の特長を述べた。それではイオンビーム蒸着法と比較した場合、単に選択的に成膜をおこなうだけであろうか?集束イオンビームの特長はビーム径が小さいことだけではなく、ビーム電流密度がプラズマから引き出されたイオンビームと比べて、前述したように3〜6桁大きいことである。これは、同じ雰囲気(真空度)においてイオンビーム蒸着した場合、残留ガスからの不純物取り込みが小さく、不純物濃度が3〜6桁小さい高純度の成膜が可能であることを意味している。純度に関して、以下に整理する。
まずイオンビームの線束密度(単位時間単位面積に入射するイオン数)をJionとすると式(1−1)により、電流密度JI(A/m2)より求めることができる。
(1−1)
ここで、qはイオンの電荷である。1価のイオンであると仮定すると、式(1−1)は次のようになる。
(1−2)
次に、残留ガスの線束密度(単位時間単位面積に入射する分子数)Jgasを求める。残留ガス分子の質量をm、温度をT、圧力をp、ボルツマン定数をkとおくとき、Jgasは、次の式で与えられる。
(1−3)
残留ガスの主な成分は、ある程度以上の真空度においては通常水分子であることが知られ、また著者の製作した集束イオンビーム装置における実測においてもその通りの結果を得ている。残留ガスの成分を水分子とし、温度を室温、圧力の単位をPaとおくとき、式(1−3)は次のようになる。
(1−4)
したがって、イオンの線束密度に対する残留ガスの線束密度の比は次のようになる。
(1−5)
成膜する薄膜中の不純物濃度をPとすれば、Pは次のように表される。
(1−6)
Sgasは入射したガス分子が成膜中に取り込まれる確率をあらわし、具体的には入射した水分子の酸素が成膜中に取り込まれる確率を示す。Sionはイオンビームの付着確率、すなわち入射したイオン数に対する成膜した原子数の比を示す。この式を用いて計算した結果を図1−7に示す。Sgas、Sionとも1であると仮定し、ビーム電流密度が10−2〜104A/m2(1μA/cm2〜1A/cm2)について表示している。
従来のイオンビーム蒸着装置の運転条件は、超高真空対応装置とは言ってもイオン源においてはガスの供給系を備えたものであるので、真空系のみを運転している時に10−6〜10−7Paの到達真空度が得られたとしても通常装置運転中の真空度は1〜2桁程度悪くなる。また、使用できるビームの電流密度は10−2〜1A/m2(1〜100μA/cm2)程度であり、10−4より小さなPの値をとることはほとんど不可能であることがわかる。これに比べ、集束イオンビーム直接蒸着法ではガス供給系が不要で装置としても小規模であり、10−8〜10−7Pa程度の運転中における真空度を実現することが比較的容易であり、またビーム電流密度がプラズマイオン源と比べて3〜6桁大きいという特長は、そのまま高純度成膜への期待に反映される。図1−7では、10〜104A/m2(1〜1000mA/cm2)を直接蒸着法領域として表示している。この計算結果は、集束イオンビーム直接蒸着法が実現できれば、ppm程度あるいはそれ以下の不純物濃度である高純度薄膜の成膜が、イオン化さえ可能であればどのような金属元素に対しても、比較的容易に達成されるであろうことを示している。これは、不純物の混入に対して基本的な解決法が確立されていないため、その特長が未だ充分に生かされているとは言えないイオンビーム蒸着法にとって、初めて不純物の問題から解き放たれ、真にイオンビーム蒸着の特長を生かし得ることを示している。
このように、集束イオンビーム直接蒸着法は、高純度な環境においてイオンの化学的な活性、制御性、エネルギーの効果といったイオンビーム蒸着の特長を真に生かすことが出来るとともに、集束イオンビームの特長である自由度の大きい微細加工の能力をも合わせ持つ、全く新しい概念の加工手段をもたらすことが期待できる。
図1−7.ビーム電流密度10−2〜104A/m2における残留ガス圧と不純物濃度(P)の関係
(イオンビーム蒸着法(IBD)と集束イオンビーム直接蒸着法(FIBDD)のおよその領域も示す)